大統領選から見るお釈迦さんの疑えという騙されないための教え

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どうもおしょうです!

昨日といえば、

アメリカの大統領選でしたね!

巷では結構話題になっていたみたいで、

SNSでもよくトランプ氏の名前がちらほらとでておりました。笑

 

まーこれについては

賛否両論があると思いますが、

選挙はパフォーマンスですから、

トランプ氏のもあえてああいうパフォーマンスをしたと思います。

 

なんてたって大統領選挙ですからね。

そんじょそこらの町の町内選挙とは話しが違います。

一国の長を決めるイベントですから、

おそらく相当な戦略と計算をされていると思います。

 

演説はちゃんとしたことを言うのではなくて、

いかに票を集めるかが目的だ、

というのを感じさせられました。

 

まーメディアは面白おかしく、

過激な部分だけ取り上げたりしていましたが、

その情報だけを鵜呑みにしてはいけないということですね。

 

言葉よりも行動。

 

そっちのほうが大事だと思います。

 

人は善かれ悪かれ、

いくらでも嘘をつける生き物ですから、

言葉、情報だけでは、本当かどうかなんて判断は難しかったりします。

 

だからこそ、

行動というものを見なければわからない部分があります。

 

これをお釈迦さんは、

正見(しょうけん)と言われています。

 

あらゆる感情というのなの雑多を退けて、

ちゃんと冷静に見なさいということですね。

 

感情は人になにかを伝えるためには、重要ですが、(今回のトランプ氏みたいな感じ。)

人の目を曇らせてしまうものにもなってしまいます。

だから、

なにかの出来事がおきた場合は、

感情を置いて、冷静に見るというのも必要になってきます。

 

で、

そのためには座禅や瞑想がお寺にはあったりするのですが、

なかなか普通の生活を送っていて、

「よっこいしょ」と座禅を組んで冷静になる時間をとるというのは、

難しかったりします。

 

だから、

普通の生活でおすすめなのは、

「疑う」ということを心掛けるということです。

今回のトランプ氏の場合を例にすると、

過激な発言で、「なんだこのおやじ!嫌だ!」と思ったとしても、

嫌いフィルターで見るのではなく、

一度冷静になって、

「なんでこの人は大統領選で、こんな嫌われる発言をしてるのだろう?」

と考えてみるのです。

「そもそもなんで共和党の人はこの人を推薦したのだろう?」

とか、自分だけの視点ではなく、相手側、もしくは周りの人の視点で

物事を考えて見るということをしてみるんですね。

 

で、

ここで注意してほしいのが、

憶測で考えないというのと、嫌いフィルターで考えないということです。

嫌いフィルターで見るとどうしても、

そういう目でしか彼をみることができなくなってしまいます。

そうなると視点も偏っていて、冷静になれているとは言いえません。

 

なので、

嫌いフィルターで見てるなぁーっと思ったときは、

一度「私はこの人が嫌いなんだ」と受け入れて、

自分の感情に気づく必要があります。

そして、少し冷静になれたら、逆に彼のことが好きな人の意見を見てみるのです。

すると、嫌いは嫌いですが、若干、好きな人の気持ちもわかるようになってきます。

 

そうなると、好きな人の考えと、嫌いな自分の考えが中和して、

ある程度冷静に見ることができるということなんですね。

 

こういうふうに、

目に見えるものを疑うということもそうなのですが、

自分の感情を疑ってみるというのも、

冷静になるための方法なんですね。

 

冷静になっていると思っていても、

冷静になれていないのが人間。

 

常に疑う、疑問を持つということを、

日ごろから積み重ねておきたいものですね。

 

ただ、

心の底から湧き上がる感情は、

抑えようと思っても、難しい部分があります。

わかっていても、抑えられないというやつですね。

 

そういう時は素直に感情に任せればいいと思いますし、

任していれば、自然と収まっていたりします。

 

ここでいう疑うは、雑念の方、

雑念は気まぐれでひょこひょこ現れるので、

それにいちいちとらわれていたら、

無駄に振り回されるよっという話しでした。

 

感情も大事ですが、時には冷静を。

 

感情が全て正解ではないということですね。