どうもおしょうです!
今日は先日から続いたお寺体験も
落ち着いたところで、
もっとお寺の体験をよくしていこう!
ということで、まずは瞑想坐禅に使う、
お香を作ろうかしらっと考えておりました。
これは去年にも言っていたんですが、
ちょっと先送りにしていたこともあり、
再び取り組もうといろいろ調べていたわけですね。
で、
お香といえば、お家で焚かれている方も
いらっしゃるかなぁっと思います。
部屋の消臭対策や、気分を落ち着かせるため、
はたまた癒されるために使ったり、
用途の理由は各々だったりします。
お寺もそうで、
基本的に求める効果は同じなのですが、
用途、用途に少しづつ意味が違ったりするんですね。
でもまー
一般的に比べたらお香を使う頻度は多いと思います。
一回に線香何本も使いますからね。笑
で、
そんな頻繁に使うお香だからこそ、
コレは!っというものを使いたいわけです。
特に坐禅瞑想では、
精神を落ち着かせて集中させるために、
よく使ったりします。
無くても別にいいのですが、
お香を炊いたほうが集中しやすいんですね。
余計な臭いに邪魔されないし、
お香には鎮静効果のある香木も含まれていたりするので。
なので、
どういうのがいいかなぁっと、
調べているわけです。
お寺といえば一見、
己の精神修行をする場所だと思われがちですが、
実はそれだけではなくて、
精神修行をしたうえでどう社会で生かしていくか?
というのも重要だったりします。
どうしても、
精神修行だけに偏ると、
自分だけの世界に陥りがちで、
「周り」というものが見えなくなってしまうからですね。
まー山篭りで一人で生きていくには、
問題無いでしょうが、
やはり社会の関係性の中で生きていこうと思うと、
自分だけではなくて「周り」を見るということも
大事だったりします。
周りとの関係性の中で生きていく仏教ですね。
なので、
己の精神修行だけで終わるのではなく、
その次も重要だったりします。
例えば、
よくある話ですが、
精神修行ばかりに囚われがちな人は、
自分のことが精一杯で他人のことが見えていなかったりします。
ので、
極端な話し「自分はどうすれば良くなるだろう?」ということだけ
考えて、「相手にどうしてあげれば喜んでくれるだろう?」という
ことを考えていなかったりするんですね。
人に好かれたいと思うのなら、
どうすれば好かれる自分になるか?というよりも、
どういう行いをすれば相手が喜んでくれるだろう?
と考えた方がまわりまわって自分が好かれる人になるわけですね。
自分の評価を変えるというよりも、
周りの自分に対する評価を変えるということです。
この部分については、
一人で行う精神修行ではなかなか気づかないことです。
なので終わらないループの中に陥っちゃうわけですが・・・
ちなみに、
インドでも仙人みたいないかにも悟っていそうな修行僧が
いたりしますが、彼らは普段なにをやっているかというと、
日夜修行を一人で行い、腹が減ったら飯をもらいに町にでかける。
ということを毎日繰り返していたりします。
これは一見ストイックな修行僧に見えますが、
客観的にみたら、
自分が救われることしか考えていない人間にも見えたりします。
誰かのために働くわけでもなく、
日夜自分のことしか考えていないわけですから。
これはどうなのか?
と個人的には思うんですね。
インドもまだまだ貧困の国ですから、
彼らが少しでも他人の為に働いたら、
飢えで死ぬ人は減るかもしれません。
そういうところにおいて、
やはり「周り」という視点が抜け落ちているのかなぁ
なんて思うんですね。
とまーインドの修行僧の場合は、
出家しているのであれですが、
一般社会で生きていく僕達にとっては、
精神修行が目的ではなくて、
「周り」の中で生きているという視点も大事だってことですね。
全てのものはつながっているわけですから。
もしかしたら、
精神修行じゃなくて、周りを見るという視点に注目すれば、
意外と簡単に悩みが解決するのかもしれません。
ということで、
長々と書きましたが、
要は精神修行もいいけど、
そのやっている意味を考えて、
その先をどうするのか?っていうのも重要だよってことですね。
まー偉そうなことを言いましたが、
僕自身も陥らないように気をつけなければいけません。笑
それではまた!
ps.
あ、そうそう、
そういえばユーチューブに新しい動画を更新したので、
よければご覧ください。
今回は「なぜお寺の本堂は金ピカなのか?」についてです。
はたして坊主の強欲なのか!?その理由は動画で!