護摩行はなんの効果があってやるのか?現実的な視点で書いてみた

どうもおしょうです!

いやー寒くなってきましたね!

まだ早いだろ!って思うことあるんですが、

急に気温が下がったので驚いています。

 

さて今日はですね、

ちょっと護摩祈祷のことについて

思うことがあったのでお話ししてみよかなと思います。

 

個人的には護摩祈祷ってお呪い的な

部分があって、怪しくなっちゃうので、

あまり表で書かなかったりするんですが、

たまーにお寺にお問い合わせがあって細々とやっていたりします。

 

どうなんでしょうね。

護摩行ってそんな人気なんですかね?

 

おそらくテレビの影響なんじゃないかなと思います。

 

なんか護摩は大変そう、、、

厳しそう、、、

自分を鍛え直してくれるみたいな。

そんなイメージがあるんじゃないかなと思います。

 

ただ、先に言っておきますが、

一般的にやられている護摩って、

受ける側はそこまで大変じゃないですよ。w

 

多少火に近づけば熱いですが、

いうてそこまでです。

 

みなさんが思っているほど、

護摩行は大変じゃないということです。

 

ほとんど儀式をやっているところを

見ているだけですからね。

 

そのかわり火を燃やしますし、

音を鳴らしてお経や真言を唱えたりしますから、

普通のお寺のお勤めよりかは臨場感はあったりします。

 

なので、身体的に大変だと思うのは、

ちょっと違うのでご注意ください。

それはテレビの影響ですね。

 

で、

護摩というのは主に現世利益というのを

お願いしたりします。

ご先祖さんを供養するのではなく、

自分の生活が良くなるために行うものですね。

 

一般的には仏教の仏さんといえば、

あの世のイメージですが、現世利益みたいな、

今の生きる人たちのために見守る仏さんもいるということですね。

 

で、

この護摩をやるにあたって、

仏さんに対するお願い事を書いたりします。

仏さんよろしくお願いしますと。

 

まーはたから見ればそれを祈祷する

わけですから、そんなのはまやかしだと

思われるかもしれません。

 

それはそうです。

実際に仏さんが現れるわけでもないですし、

なにかを実際にやってくれるわけでもありません。

 

じゃー何のためにやるのか?

 

これは持論ですが、

仏にお願い事をし、その存在を

「いるかもしれない?」と

信じることによって、

仏のご利益が自分を包んでくれたのだということで、

その人の心の支えになり、エネルギーとなっていくわけです。

 

一種の自己洗脳というやつですね。

 

それがどこか心の支えになっているから、

信じれば信じるほど自分の勇気になり、

また仏とつながっているからこそ、

そこにある種の規律みたいなものが生まれてきます。

(つまり変なことをやらないということですね。)

 

それらがかみ合うことによって、

他との関わり方も変わり、

巡り巡って自分の現世利益につながってくるのだと思います。

 

願い事じたいは、叶うかどうかは、

自分以外の要素が関係してくるので、

どうなるかはわかりませんが、

自分にとっての納得感につながるのだと思っています。

 

要はその結果がどうであれ、

その結果を求める過程ですでに現世利益を得ている

ということですね。

 

それもそのはず、

ほとんどの人は結果だけが欲しいのではなくて、

その結果に付随する周りの要素が欲しいんだと思うんですね。

 

例えば、高級車が欲しいと思ったとして、

高級車だけが欲しいのではなくて、

高級車を持つことによって得られる、

なにかが欲しいんだと思うんですね。

 

周りに一目置かれるとか、

チヤホヤされるとか、

モテるとか、

そんな感じのものが。

 

それらは高級車を持つことで得られる部分もありますが、

過程によってでしか得れないものもあったりします。

 

簡単にいうと、

お笑い芸人のビートたけしさんがロールスロイスを乗るのと、

一般の人が懸賞で当たって乗るのでは、意味がかわってきます。

 

同じ高級車を乗るという結果は同じですが、

意味が違ってくると。

 

その違いはなんなのかというと、

過程だということですね。

 

なので車好きの方だったらいいですが、

この場合においては、おそらくほとんどの人は、

前者のビートたけしさんのような感じで、

高級車を乗りたいと思っていると思うんですね。

 

となるとやはり過程が大事になってきたりします。

ようはどう納得したいかということです。

その納得というのは結果ではなく過程に現れると。

 

そんな感じです。

まーもちろん、過程も良くて結果も良ければ

一番いいわけですが。

 

といった感じで、

仏を信じることによって、

目先の結果に囚われることなく、過程がよくなり、

それが長期的に見て自分の現世利益になるということですね。

 

なので、

逆に言えば「こんなもんか」、「迷信でしょ」

なんてことを思っていたら、

なにも変わらないし効果がないということですね。

 

あと、仏さんが何とかしてくれるって、

仏任せにして自分はなにもしないというのも、

ちょっと違ったりします。

 

あくまでも心の支えですから、

自分自身が動いてはじめて意味をなす

というものですね。

 

といった感じで、

護摩行についてちょっと思うことがあったので、

自分の考えをまとめるついでに書いてみました('ω')ノ

 

持論で言っていたりしますが、

あながち間違っていないと思いますよ。

 

どうしても護摩となるとオカルトや

スピリチュアルっぽい捉え方をされがちですが、

あえて違った理にかなった視点から語ってみました。

 

またなにかあればコメントください('ω')ノ


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