毎年お寺の近くで飛んでいる気球を見て当たり前について思うこと

どうもおしょうです!

先日の朝、お寺の周りを

掃除していると、近くで気球が飛んでいました。

 

もうこの季節が来たんだなぁ~っと。

 

どういうことか?というと。

 

うちの市内では11月下旬ぐらいになると、

琵琶湖の気球レースみたいなものが行われるんですね。

 

琵琶湖の上を気球で飛んで競争するみたいな。

(詳しくは知りませんが。笑)

 

これを毎年行われていて、

だいたいこの時期になると、

気球を見るのが風物詩的なものになっています。

 

で、写真はお寺の近くを飛んでいる

気球なんですが、おそらく練習している所だと思います。

 

お寺の南側は田んぼだらけで、

高い電線が無く、

気球を飛ばすにはうってつけの場所だと。

 

何気ない風景ですが、

年末の寂しい冬の空を、彩ってくれています。

 

田舎は何も無いからこそ、

こういうのが映えるんですね。

 

日常でもそうで、

淡々とした同じような毎日の中に、

ちょっとした変化があれば、少し楽しく思えたりします。

 

それが良い事なら、一日中嬉しくいられる。

 

ほんのちょっとしたことなんですが、

人の気持ちって怒ったり、悲しんだり、

喜んだり、楽しんだりするんですね。

 

つまり自分の人生を楽しくするのも、

ほんのちょっとの心がけで変わったりします。

 

今がどうであれ、ほんのちょっとの

行動で良くなったりするんですね。

 

そうやって、ほんのちょっとで、

嬉しかったり、楽しいことがあると、

当たり前のことが有り難くも感じたりします。

 

停滞した毎日を送るから何も感じなくなる。

すると、当たり前が当たり前じゃないということも忘れてしまう。

 

僕の市内の気球レースは

毎年行われていますが、これが当たり前じゃないんですね。

 

誰かがやろうと考えて、企画して、

実行して、参加者が毎年集まるから、

この状態が今年「も」行われているだけなんです。

 

おそらく気球レースをやる前は、

この時期はなんにも無かった。

ただ、田舎の寂しい風景が広がっていただけ。

 

誰かがほんのちょっとのことを

やろうと思ったから、

この時期に色が添えられたんですね。

 

おそらく田舎の淡々とした、

代わり映えの無い日常に慣れて

しまった人は、こういう発想や行動力はないでしょう。

 

それは当たり前が当たり前じゃない

ということを感じなくなってしまったからです。

 

当たり前というのは、

誰かがほんのちょっとしたことが、日常になっているにすぎません。

 

つまり当たり前というのは変化するもの。

 

ただ人間はほっとくと、

それを感じることを忘れてしまうもの。

 

だからほんのちょっとで変わることと、

ほんのちょっとで変わる日常に感謝をしなければなりませんね。

 

感謝は思うのではなく、感じること。

感じて謝(礼)を行うのです。

 

淡々とした何も変わらない日常に、

慣れてしまわないように、

自ら動いて日常にほんのちょっとの変化を起こし、

感じて生きていけるようにしなければなりませんね。

 

ちょっとしたことで、

日常というものは変わるものです。

だから、ほんのちょっと勇気を出して、行動してみると良いかもしれませんね。

 

めんどくさい、怖いじゃなにも変わらないので。

 

そんなことを朝の気球を見ながら思いました。


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