いくら話し方のテクニックを学んでも意味がない?法事での学び

どうもおしょうです!

お坊さんという職業柄、

法事などでお話しすることがあるのですが、

僕は他の人よりも短めにお話しをしていたりします。

 

というのも、法事などでは、

別に僕の話しを聞きに集まっているわけではないからですね。

 

もちろん、若い人なんかは、

法事の楽しみはお坊さんの話し。

という人もいたりします。

 

でも、それは少数派。

20人いたら、3、4人ぐらいじゃないでしょうか。

 

ほとんどの人はあまり興味が無い。

 

とりあえず世間体として、

参加されているのが本音として、だいたいだと思います。

 

まーそれはそれでいいと思います。

形だけでもお参りされるのは、悪い事ではありません。

 

法事にお参りをしにいくのは、

なにも故人を供養する為だけに、

行かれているわけではないと思っているからです。

 

久しぶりに親戚の人と会うのを

楽しみにしている人もいるでしょうし、

近所付き合いをしっかりしたいために、来られている人も多いと思います。

 

法事を理由にして、新たに仏縁が生れる。

それも法事の一つだったりします。

 

ただ、坊主の話しを聞きに

来てるかというと、そうではありません。

 

だから、そこで頑張って話しをしても、

あまり聞いてもらえなかったりします。

 

僕自身、人に話しを聞いてもらうには、

テクニック以前に、

まず聞く耳をもってもらうというのが大前提にあると思っています。

 

このブログでは僕の話しを見に、

訪れる人が多いですから、

聞く耳を持っている人が多いですが、

じゃーいきなり路上で同じような話しをしたら、

聴いてくれる人は何人いるでしょうか?

 

おそらくほとんどいないと思います。

下手すれば0。

坊主がなんか言ってるな程度で終わると思っています。

 

それだといくら頑張って練り上げた

話しでも、暖簾に腕押し。

徒労に終わってしまいます。

 

だから、なにか話しをする際は、

聞く側のことも大事になってくるんですね。

 

これは別にお寺だけの話しではありません。

学校の先生などで、子供たちが

話しを聞いてくれないというのがありますが、

そりゃそうで、子供は親や大人が、

学校に行けと言っているから来ているだけで、

先生の話しを聞こうと、集っているわけではないんですね。

 

だから、ほとんどの子供たちは、

面倒くさそうに話しを聞くわけです。

 

聞く耳を持たれないと、話しを聞いてもらえません。

 

なので法事でも、僕はあまり

話しをすることがノリ気ではなかったりします。

 

もちろん、すごく興味を持って

聞いてくれる家族の集まりなら、話しをしたりします。

その状況次第ということですね。

 

これはお釈迦さんの時代もそうでした。

お釈迦さんも無理に人に話しをしませんでした。

 

むしろ相手が聞くタイミングで話しをしていたりするんですね。

 

つまり、すごく優秀なお釈迦さんでも、

そういう事なのです。

 

それぐらい聞く耳を持っているか、どうか?

というのは重要ということですね。

 

ここらへん、お坊さんでも、

抜けている人がいたりします。

 

お寺はなんもしなくても、

現状檀家さんや門徒さんみたいな人たちが、

集まってくるので、自分の力だと勘違いをおこしたりする人がいるのですが。。。

 

まーそんな感じで、

いくら上手く話せても、

聞く耳を持ってもらはないと意味がないという事ですね。

 

話し方よりも、どう聞いてもらえるかという事です。

 

どうぞ参考にされてみて下さい。


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