終わりの始まり100歳のおばあちゃんと若造お坊さんの話し

どうもおしょうです!

いやーこちらでもとうとう雪が

降りはじめました。笑

 

今日はめちゃくちゃ冷え込むなぁー

っと思っていたら、雪がチラホラ・・・

 

きゃーーー(;゚Д゚)

 

っていう状況です。笑

 

個人的には寒いのが苦手なので、

冬よりも夏の方が好きなんですが、

こういう時期もあるから、

夏の良さがあったりもするわけです。

 

あと、年がら年中、夏だったら、

僕自身、開放的になりすぎて、

ダメになりそうな気がするので。笑

 

適度に寒さで身が引き締まる

季節も自分自身には必要かなと思います。

 

さて、そんな雪の降りはじめた今日この頃は、

お葬式がありました。

 

なんと御年100歳のおばあちゃん。

僕が生まれた時からおばあちゃんという、

一世紀をまたにかけて生きてきた人です。

 

つまり戦前も戦後も知っているという方ですね。

 

もう子供もお年寄りですから、

そう考えると、すごいなぁーと思わされます。

 

そんなおばあちゃんのお葬式があったんですが、

やっていて考え深いものがありましたね。

 

まだまだ人生これからの若輩坊主が、

人生を長く生きてきた人の葬儀を務める。

 

命のバトン。

 

まさに終わりの始まりというのを

感じさせられました。

 

僕にとってはこれからの始まり。

亡くなられたおばあちゃんにとっては、この世の終わり。

 

そういう終わりと始まりが交差する、

葬儀というのは独特なものがあります。

 

結婚式ではまずないですからね。

 

結婚式はどちらかというと、

始まりのムードが一色みたいな感じ。

 

でも、

お葬式は終わりの儀でもありますが、

またそれと同時になにかが始まる儀でも

あったりします。

 

そう考えると、

終わることが悲しい残念な風潮がありますが、

終わるからこそ始まるものがあるという、

考え方もできたりします。

 

もちろん、お葬式は悲しいものですし、

人の死は尊いものです。

 

ただ、

お葬式を除いては、

終わりというのはそこまで悪いものではなかったりします。

 

先ほどもいったように、

終わりがあるから新しいのが生まれるということですね。

 

仏教的にいえば、

世の中は空であり、流動的なものだったりします。

 

盛者必衰とか会者定離とか

いったりしますがこれもまた、流れを意味しています。

 

近頃断捨離なんかも流行っていますが、

まさにそれもそう。

捨てるから新しいのが入ってくるんですね。

 

なので、なにごとも表裏一体。

捨てるから入るし、失うから得れるし、

減るから増えるわけです。

 

そう考えると、

人の死という尊いもの以外で、

終わるというのは、

むしろラッキーなことだったりします。

 

逆に終わらないとそれが執着になり、

だんだんと流れが悪くなり淀んでいきます。

 

ゴミ屋敷なんかがまさにその典型。

 

終わらせる、失うことを忘れていけば、

淀みが生まれてきます。

 

なので、人生において、

時に捨てる失う、終わらせる行為

というのは必要なものだったりします。

 

そういうこともあり、

昔の仏教の出家では、自分の持っているモノを

最低限にして全てを捨てるという行為があるんですね。

 

他にもお寺巡りなんかすれば、

喜捨(きしゃ)という言葉を見ることがあると思います。

 

あれも今でこそお寺にお金を寄付する

みたいなイメージで捉えられがちですが、

本来は捨てれるという行為を喜びなさいよ

ということなんですね。

 

人は生きていると得ることばかりが、

増えていきます。

 

財産もそうですし、経験、

記憶、技術などなど、

得ることがスバラシイみたいな部分が

あると思います。

 

確かにそれはスバラシイことなのですが、

時にそれらはその人の足かせにもなり、

悩みの原因にもなったりします。

 

それは、執着ですね。

 

その執着が自分だけだったらいいのですが、

そういうのは決まって周りの人にも影響を

及ぼしていきます。

 

だからこそ、捨てるという選択も

忘れてはいけないということですね。

 

捨てる行為ができれば、

もしかしたらモノゴトは、

スムーズに進むかもしれません。

 

捨てる行為ができないからこそ、

うまくいかないのかもしれません。

 

人は死ぬときはなにもありません。

 

お金も無く、家もなく、服も無く、

経験もなく、記憶もなく、技術もなく、

ただただ一人の肉体が終わりを告げるわけです。

 

なにもない状態で生まれ、

なにもない状態で終わっていく。

 

そう考えると、

意外と持たなくてはイケないものなんて、

たいしてなかったりするんですよね。

 

始まりと終わり。

 

そういうことを年末でもありこの時期に、

終わりを感じるお葬式を通して、思いました。

 

始まりと終わり。

ただその繰り返しなんですよね。

 

まさにバトンです。

 

これから受け継ぐものとして、

お参りをしていきたいと思います。


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