伝統文化や風習を残すとはどういうことなのか?地蔵盆から学ぶ

どうもおしょうです!

先日は地蔵盆でした。

地域のお地蔵さんにお参りをする、

お盆後の行事ですね。

 

確か京都発祥だったかな?

ということもあり、

関西を中心に行われていたりします。

 

お盆の後にまた行事かいな!?

と思われると思いますが、

えぇそうなんです。(^-^;笑

 

なので、お盆の行事と比べると、

わりとひっそりと行われているかなぁ

とうのが印象です。

(夏祭りと合わせて盛大に行っている所もありますが。)

 

特に子供が主役の行事なので、

子供が少ない田舎の方は、

連休明けということもあり、大人たちだけで行われることがあったりします。

 

町中や幼稚園、保育園を運営している

お寺なんかは子供たちがいるので、

お菓子を配ったりと賑わっていたりしますね。

 

とまーそんなあまり全国的には

知られていない地蔵盆。

なんでこの時期にこんな行事を作ったのか?というと。

 

意味合い的には、子孫繫栄とか、

安産祈願とか水子供養とかあったりするんですが、

そもそもは聞くところによると、

尼さんが始めたものと言われています。

 

地蔵盆が始まった京都の尼寺では、

檀家さん、門徒さんがいなかったことから、

お寺でのお盆という行事が無く、

お寺の懐事情的なことではじめたとか。

(ほんとかどうかはわかりません。笑)

 

お盆はご先祖さんですから、

地蔵盆はこれからの子供たちを祈願した行事を行おうと。

 

で、お地蔵さんは子供の守り仏ですから、

地域のお地蔵さんをお参りする行事が始まったとか。

 

そんな感じで、理由はどうであれ、

この地蔵盆という行事が

関西を中心に行われるようになったんですね。

 

始まりは不純な動機から

はじまったかもしれませんが、

地域のお地蔵さんを守っていく

という分には良い行事なのかもしれません。

 

行っていることも子孫繫栄、

安産祈願、水子供養と、

子供たちを思った良い事ですからね。

 

全てが大義名分のもと、

キレイに始まる必要も無く、

不純な動機から良い事が始まることもあったりします。

(むしろその方が、多いかも)

 

不純な動機があってもいいから、

世の為人の為に行っていくという事ですね。

 

結局のところ、地域のお地蔵さんも、

誰かが管理しないと、廃れていくわけですから。

何気ない道端のお地蔵さんも誰かが見ていたりするのです。

 

ただ、現代ではその文化が薄れつつもあります。

個人的には田舎の地蔵盆は

そのうち消えていくだろうなと。

 

というのも、先ほど言ったように、

連休明けで、帰省する人も無く、

子供たちがいないからですね。

 

大人たちもお盆の後に、

「また地蔵盆かぁ」という事もあり、

次第に無くなっていくのではないかなぁと思っています。

 

良い悪いとかではなく、

意味が薄れた面倒くさいことは、無くなっていくので。

 

もちろんお地蔵さんのお参りは

あるかもしれませんが、

地蔵盆をやる意味をみいださなけれれば、

もっと簡略的なお参りだけのものになるのかなと思います。

 

町中など子供たちがいる所は、

新たに意味を見いだすことができる

と思いますが、地方は個人的に厳しいかなと。

 

お坊さんとしてお参りして下さいと

言われればお参りすると思いますが、

こちらからもっとお参りする人が

増えるように働きかけるのは難しいかなと。

正直なところ思います。

 

そんな感じで、

続く文化もあれば、廃れ行く文化もある。

その理由は、今の人たちにとって、

意味のあるものになるかどうか?ということですね。

 

そんな時代の境目をこの地蔵盆で感じました。

 

良いか悪いかでは無く、そういうもの。

 

文化を残すとはどういうことなのか?

ということを改めて確認させられました。

 

文化、伝統、風習を残したいという人は、

こういう視点を持ってもらうといいかもしれません。

 

残すとは、意味を感じてもらっているということですから。

形ではありません。


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