お寺の年中行事から学ぶ居続けることやり続けることの意味とは?

どうもおしょうです!

さて先日は節分!ということで、

毎年恒例の護摩焚きを行っておりました。

 

お堂の中で火を燃やすあれですね。

 

まー詳しくは去年とか、

そのまた一昨年とかの記事で見てもらうとして、

そんな行事を毎年寒い中やっているわけですね。

 

で、

その時に体験で奉納していただいた、

写経を燃やして、さらに書いていただいた、

お願い事を一つ一つ読み上げてお祈りしました。

今年は全部で40ぐらいかな?

まーそれなりの数になったということで、

結構護摩壇の中はキッチキチに。笑

 

これ以上増えるようだったら、

ちょっと考えようかなというところです。

(3月にも護摩を焚くので、多分そっちと分けます。)

 

そんな感じで、

また今年も1から奉納されたやつを

貯めていき、来年の2月に燃やすということですね。

 

もし護摩でお願い事を願掛けとして

お祈りしてほしいという方は、

来年の2月までにお越しいただければと思います。

 

これだけはね、

来てもらって納めてもらうことに

意味があるので、「郵送やメールでお願いします。」

というのは受け付けていません。

 

ちゃんとここの仏さんと向き合い、

自分と向き合うことに意味があるということですね。

 

そんな感じで、

お寺というのは存在する限り、

そういう祈りということをやっていきます。

 

それは当人がどうであろうが、

やり続けているし、勝手にやっている。

それがお寺なんですね。

 

お寺がある限り、そこのご先祖さんを祈るし、

それを支えてくれる人たちのことを、祈り続けます。

 

それがこの町に仏さんが存在する

意味につながってきたりします。

 

なんというか、守られているという、

安心感ですね。

 

安心感がどこからくるかと言えば、

要はそういうとこ。

 

ずっと居続けるし、祈られている。

 

そこが言葉にならなくても、

どこか「お寺」というものが、

安心で信頼できるものへと繋がっているわけですね。

 

つまり年中行事というのは、

多少形骸化して、めんどくさい部分が

あるかもしれませんが、

年中行事があるというのは、

つまるとこそういうことなのだと思います。

 

年末に紅白を見て、

「あー今年も終わりだなぁ」

と思うのと一緒のこと。

 

安心や信頼というのは、

居続けることですし、やり続けること

ということですね。

 

なので、

僕もこうやって100年以上

行われてきた行事というものを、

やり続けているということです。

 

それがお寺が、

お寺であり続けるために、

大事なことだということですね。

 

一石二鳥では今の状態はできない。

だからこそ、過去の者たちに、

感謝と有難みを痛感させられます。

 

もちろん今もこうやって、

僕と関わってくれる人や、

お寺に訪れてくれる人にも、感謝ですね。

 

それがあって、年中行事というのが、

「年中行事」として成り立っていますので。

 

これからも「年中行事」を

行っていけるように、居続け、

毎年やり続けていきたいと思います。

 

もちろんそこには、

形骸化しないように、取り組みや工夫が

必要になってきますが。

 

まずは居続け、やり続けるということです。

 

居続け、やり続けることだけでも、

意味があるということですね。

 

そういう存在価値もあるよ、

というのをお寺のこういう行事から、学んでいただければと思います。

 

ぜひ、居続け、やり続けてみてください。

もしかしたら、なにか良いことがあるかもしれませんので。


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