お寺の行事や法事をするのが面倒くさい人に聞いてほしいご縁の話し

どうもおしょうです!

先日は祖母のお骨を本山に

納骨するために、総本山まで行ってきました。

 

家族は毎日一緒にいますが、

親戚など身内の人は久しぶりに会うといった感じです。

 

大人になったら知り合いと会えるのは、

結婚式かお葬式だよ。

というのを昔聞いたことがあり、

大人になった今、自分もそう思うことがあったりします。

 

昔はよく親戚のお家や、

近所の友達の家に遊びに行ったりしましたが、今はほとんどありません。

 

こうやって何か行事がなければ、

まず会うことが無かったりします。

 

人は「会う理由」が無ければ、人には会いません。

 

友達でもそう。

寂しいから、暇だから、

元気をもらいたいからなど、

よくよく考えてみると、そこには理由が存在していたりします。

 

恋人でも同じ事が言えたりしますね。

 

ましてや遠い所に住んでいる、

親戚や友達なら尚更、理由が必要だったりします。

 

なんとなく人に会うというのは、

自分が理由に気づいていないだけで、

ほぼいないでしょう。

 

人は、会う理由が無ければ人には会いません。

 

だから大人になっていくと、

ほとんどの人が仕事と家のルーティンなので、

どんどん周りの人と疎遠になってくるんですね。

 

自由はいいが、自由な場を与えられると孤独になる。

 

大人になると自由に自分の人生を

決めることができます。

「自由に生きて下さいね」みたいな。

ただそれ故に、昔の学校生活みたいな拘束力が無くなっていきます。

 

故に、自由だからこそ人との繋がりが薄れていくと。

 

会わなければいけない理由が無いわけですからね。

 

だから会う理由が無い人とは、

どんどん疎遠になっていきます。

 

会社を辞めると、

会社の人と疎遠になるのと同じですね。

会社で会う理由が無くなるわけですから。

 

そう考えると、最初の話しに戻りますが、

会う理由があるというのは、

人と再び会える、良い理由になったりします。

 

その理由の一つとなっているのが、

お寺などの行事ごとですね。

 

昨今ではお寺の行事や法事は、

面倒くさいものと思われる傾向があったりします。

 

ただ、先ほども言ったように、

それがあるから、家族や親戚、身内と

会える機会になったりするわけです。

 

まさに今回の場合は、

無くなった仏さんがご縁を作ってくれたということです。

 

無くなった祖母の納骨行事が

あったからこそ、それをご縁として、

再び会うことができたんですね。

 

そう考えると、

一概にお寺の行事やら法事やらを

毛嫌いする必要もないということです。

 

むしろ、良いところもある。

つまり人とのご縁ですね。

 

大人になれば、人と会う理由が無くなってくる。

 

だからこそ、こういった行事ごとが、

人に会う理由を与えてくれていると、言えたりしますね。

 

人が集える理由に感謝です。


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